戯言

今年2016年は、小学2年次、私がKR鉄道館の前身となるホームページを立ち上げてから15年にあたります。
また、2011年にTwitterアカウントを持ってから数えても、はや5年となります。

比較的早い段階でネットに飛び込み、その世界を見てきた人間としては、その世界の日進月歩ぶりが逍遥感をも覚える今日この頃です。

しかし、ここまでたくさんの情報に、瞬間的かつ大量に接することができるようになって、本当に暮らしは豊かになったといえるのか。…そんな哲学的議論は様々な分野ですでになされていることと思いますが、ここでは「鉄道趣味界」にスポットを当てて考えてみます。

パソコンやスマートフォンなどが若年層に至るまで広く普及し、行動力が特に活発な若い鉄道ファンにとっては、最新の鉄道情報をそれこそ「いつでも・どこでも」入手できる環境を手に入れたことにになります。
それゆえ、日々噴き出す新しい情報に対して常に敏感になり、機敏な行動をとれるようになったことは言うまでもありません。

しかし、それによって、所謂「撮影地探し」あるいは「葬式鉄」などといった趣味行動が、以前にも増して加速してしまったのではないでしょうか。
「○○がなくなる。みんなで見に、撮影しにいこう」そういった動きが、Twitterのタイムラインを通じて広く伝わり、大きな「鉄界の世論」となって駆けまわります。
するといつの間にか、「これは絶対に撮りに行かなければならない」といった義務感に苛まれるようになり、自分を見失ってしまった人が、少なくないように思います。

一般にインターネットは、マス・コミュニケーションがあまり持ちえなかった一般人の世論を簡単に世界に発信する環境を具備したことから、個人主義を加速する道具になったとされます。しかし実際のところは、「○○しなければならない」という認識を大きく広め、集団行動の激化をもたらしたのではないでしょうか。
同じことは、旅行やグルメの口コミサイトにも言えることです。今までにはなかった方法で、実際にその地を訪ねた人々の情報が集まり、統計化され、ランキング付けがなされる。すると評価の高い物件だけに特に注目が集まり、そこに人が集中する。…鉄道に限らず、あらゆることについて最近見ていて思うのは、インターネットがかえって、行動の集団化・大衆化を引き起こしたということです。

皆が同じことを繰り返したところで、そこに「個」が輝くことはありません。
人と同じ行動をとるだけでは、人を超えることはできない。そんなことをどこかの偉人は語っていたような気がします。

ネットによって多くの情報を仕入れられるようになったからこそ、その中で必要な情報を手に入れて、「自分」をしっかりと持ちましょう。
そして、しっかりと自分の意見・「したいこと」を持ち、もし鉄道撮影に勤しむ身であれば、写真をきちんと「コミュニケーションツール」として捉えたいもの。写真は数多の伝達メディアのひとつであり、写真は何かを「伝える」ものでなくてはならないと思います。

日々ファインダーを通じて世界をみるとき、今までの人生で蓄積してきたものを土台にして、自分なりに世界をみつめ、それを伝えよう、そういった気持ちでおりたいものです。


プロフィール

てつた

Author:てつた
KR鉄道館

元駅員さん。
社会人2年目の、法学部卒
へっぽこ新米プログラマー。
たまには旅に出たい。

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