スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

《第70回 東京都合唱祭》を終えて

試験勉強に熱が入らない。
そうだ、合唱祭の感想ツイートをまとめて気分転換しよう。


◆ ◆ ◆


さわらびコールから、白高に、わをん、そのほかいろいろの合唱団を楽しめて、初めて5日間の日程のうち4日間も足を運びました。
合唱禁断症状を解いてくれる幸せな時間でした。

白高をステージの下から聴くのは、やっぱりつらかったです。
でもやっぱりそこに白高はあって、素敵な音楽がありました。そして合唱の熱気あふれる新宿文化センターのステージの上で、ガンバライジャーを熱演してくれました。2年前の感動もあれくらいだったのかしら…
そしてなにより、乗ってもいないのに、三好先生はじめ私を温かく迎えてくださって、しかも打ち上げまで参加させてもらえたこと。白高とその周りの曲を熱唱させてもらえたこと。
まだまだ白高の一員としていられる、大丈夫だって感じました。ほんとうに、早く戻りたい。

歌って踊って、都合唱祭に、また合唱界に新しい風を吹き込んでいるのは、もう今更疑いないと思います。
「光るなら」のような瑞々しい歌をきくことで、やっぱりここは白浜坂『高校』合唱同好会なんだと教えてくれました。
元気で若い。そして皆が心底歌を楽しんでいる…


4日間にわたって客席から参戦し、さまざまな団体の合唱を聴かせていただきました。
7月19日は、Ensemble ぼんさんの「それじゃ」がよかったです。かつて歌った思い出の曲でしたが、劇的な展開を美しく歌い上げていて感動しました。
また、Neo-TOKYOさん。毎年楽しみにしています。クラス合唱曲は誰もが必ずや経験する合唱の原点。しかし、それは年齢を重ねてから歌うのであっても決して見劣りがする曲たちではなく、むしろますます美しく歌うことのできる曲たちであると思うのです。HEIWAの鐘、楽しかったです。


戦後まもなくスタートし、今回で記念すべき70回目を迎えられました東京都合唱祭には、今年300を超える団体が出場したそうです。
お恥ずかしながらお名前すらうかがったことのない団体もいくつかありますが、そんな今まで知らなかった合唱団が素敵な演奏を届けてくれて、朝から夜まで合唱尽くしの一日を過ごせる。そんな最高の時間だと思うのです。

若年人口の減少とともに懸念される「合唱人口の減少」は目を背けられない喫緊の課題で、これからの合唱界の振興のためには、より定式にとらわれない、既存の形にとどまらない合唱表現の形をもっと広げられればと思います。
そのために白高がんばらないと!

2年前の話をまた出してしまいますが、160名が乗った最初の心の旋律ステージはやっぱりすごいの一言でした。
どうしても合唱祭の参加者は合唱関係者がほとんどになっている感がありましたが、あの時の2階席は本当に色々なファンがいらしたという事実。あれが私にはもう衝撃でしたね。

合唱にどうしても「地味」な印象を与えられやすいのは、先述のように表現の幅のポテンシャルを秘めておきながらなかなかそれが発現しにくい環境になっているからではないでしょうか。

内輪で終わらせない。
新しい仲間と楽しい表現をつくる。

合唱はまだまだこれからだと思います!



新宿駅と新宿文化センターをこの2週間で5往復、その道すがら本当に楽しみで楽しみで。
やっぱりいつも合唱がそこにはあるんだなぁと痛感した今度の合唱祭でした。


また来年、楽しみにしています。


◆ ◆ ◆


7月21日の私のツイートをもとに、加筆訂正のうえ、掲載しました。



スポンサーサイト

鉄道の第三者行為災害と安全について

周知のとおり、昨日6月30日午前11時40分ごろ、東海道新幹線新横浜~小田原間を走行中の下り「のぞみ225号」(乗客約1,000名)の1号車博多方デッキで、男性が油をかぶって火をつけ死亡した。また、この火災で煙を吸った女性1名も一酸化炭素中毒で死亡、また20名以上が重軽傷を負うという大惨事が起きた。
この影響で東海道新幹線は2時間余りにわたって運転を見合わせ、その後も運行ダイヤが大幅に乱れた。

この事件を受け様々な意見が飛び交っているが、状況を冷静に分析し、鉄道における第三者行為災害と安全の関係について少し述べたい。


1. 「安全神話」について

「新幹線の安全神話が崩れた」と報道していることを取り上げ、第三者行為災害と鉄道従事者の責めによる災害はまったくの別物であると主張する意見があるが、利用者にとってみれば、誰の責めであろうと列車乗車中に危害を被りたくはないわけで、その次元で議論をすることは本質を突いていない。

新幹線における死傷事故が発生する度、「『安全神話』が崩れる」という趣旨の議論がなされる。
乗り物は動き出した瞬間から事故のリスクを背負うことになるから(もちろん動いていなくても発生する事故もあるが)、そもそも私は「安全神話」という概念そのものに疑念を抱いているが、そもそもこの「安全神話」は何から生まれたのか。

1964年の開業当時、当時の技術の粋を結集し、高速運転の環境においても列車同士の衝突を発生させないために築いたのが、車内信号閉塞式とATCによる速度制御である。また、新幹線特例法が軌道内への人の立ち入りを普通鉄道以上に厳しく制限するという国が敷いた制度的バックアップも、新幹線の安全運行に寄与するところが大きい。
時刻に正確に運行し、輸送障害時も含めた平均遅延時分が1分を切ることも、安全で安定した輸送を行っている証としてしばしば取り上げられる。

しかし、新幹線の運転中に人が死亡する事故はすでに発生している。
1964年2月26日の東海道新幹線開業前に、試験列車に人が飛び込み死亡する事故が起きている。
交通事業者の責めによる事故としては、1995年12月27日、東海道新幹線三島駅で、男子高校生が閉まった客用扉に指を挟まれ、そのまま列車が起動して伴走、ホームから転落して死亡したという事故があるから、新幹線開業以来の鉄道従事者有責による旅客死亡事故ゼロというのは間違いである。
また、新幹線車内で発生した殺人事件としては、1998年9月5日、こだま485号で発生した刺殺事件、1993年8月23日、のぞみ24号グリーン車で発生した刺殺事件がある。

乗客にとってみれば、航空機搭乗中に墜落して死亡することのように、乗車中の事故で命を落とすことはあってほしくはないわけで、その意味で新幹線の安全輸送に対し絶対の信頼を寄せていることは言うまでもない。
「安全神話」とは、新幹線の安全に対する国民の期待を反映したスローガンである。鉄道従事者の責めによって旅客が死傷する事故が極めて少ないことを指し「安全神話」という定義をすることももちろん間違ってはいない。しかし、そうした新幹線に対する安心・安全の信頼を揺るがすような旅客死傷の事態に対し、「それが崩れた」と表現することも必ずしも間違っているとは言えない。

もっとも、鉄道車両の耐火性の点では、かつて幾度も発生してきた列車火災事故の教訓を受けて、車両部材に難燃性素材を用いるという改善はなされている。この教訓に則って鉄道車両を造ってきたことで、今回の火災事案でも延焼範囲が最小限に留められたことは、十分評価に値する。
誰の責めであろうと、列車に乗っていて死にたいと思う人は(自殺を図るべく今回のように乗車した人を除けば)まず存在しないわけで、旅客を集約して輸送する交通事業者は、その期待に応えられるようにしなければならないことは言うまでもない。


2. 鉄道の保安について

2001年の米国同時多発テロを背景に、国内航空も保安検査の強化に追われた。
X線や金属探知機による手荷物検査を強化したり、液体物の機内持ち込みに対する制限を強化したり、念には念を入れた保安体制が敷かれた。

一方、新幹線含め日本の鉄道では、乗車前に航空機のように旅客の手荷物を検査することはない。
国際的なテロ活動の高まりを受けて、鉄道でも警戒警備を強化していることをしきりに強調しているが、実際に警備が具体的に強化されているかといえば、そうとも言い難いのが現実である。

結局、日本はここまで築いてきた治安の良さに甘えているところが少なくない。
それゆえ、時々発生する日本の治安に対する挑戦(たとえば、地下鉄サリン事件など)が起きると、その時に限っては保安体制の欠陥について話題にされるが、治安の良さは、すぐにそれをかき消してしまう。
1本の列車に1,500名を超える旅客が乗車し、しかもそれが3分間隔で発着するという、航空機の何倍もの旅客を輸送する交通機関にあって、旅客一名ごとに手荷物検査を実施することが非現実的であるという意見も理にはかなう。
しかし、来年開催されることが決まった伊勢志摩サミット、また2020年に開催される東京五輪に向けて、テロ等への脅威は明らかに高まっているのであり、敷けるべき保安体制を敷くことが求められるのは言うまでもない。
また新幹線は、たとえば新横浜~名古屋間の「のぞみ」など、一度閉扉すると1時間以上密閉された空間となってしまうから、国際テロの趨勢にあっては、航空機に比べて簡単に停止し開扉することが可能であるとはいえ、それに準ずる保安体制を取らなくてはならなくなることもまた必然であるといえよう。

一般旅客にとり、鉄道施設への入口は改札である。ここに監視の目を敷くことで、危険はある程度軽減させることが可能である。
ところが、人件費削減と運賃料金の適正収受を目的に導入した自動改札機は、旅客が必ず通る通路から係員を排除した。
新幹線は長らく全駅有人改札だったものの、1990年代後半から自動改札機が導入されはじめ、それによって「人の目」が希薄になったことは否定できない。
飛行場のような厳格な保安検査をすることは不可能でも、野球場や展望台といった閉鎖密集的環境でしばしば実施される手荷物検査のように、せめてサミットや五輪といったイベント開催前後だけでも簡易的な検査を実施するようにすれば、それを「実施していること」自体が抑止効果となって表れるだろう

忘れてはならないのは、公共交通機関の安全は交通事業者の努力だけではなしえないということである。
例えば朝ラッシュの安全安定輸送は、旅客がスムーズに列車に乗車し、なるべく乗降口付近に固まることなく奥まで詰め、そして戸挟みしたまま列車が起動して危険を被ることのないようドアから身体や手荷物を離して閉扉を待つ、という一連のプロセスによって助けられているところが大きいといえる。
民鉄協会が鉄道の安定輸送についての旅客の協力に感謝する内容のポスターを作成したが、これは非常に的確な広告であったと思っている。


3. 報道・情報に対する批判的素養を身につけよう

鉄道ファンは、持っている知識と報道内容とを照らし合わせて、適切にその内容を批判する能力があることは十分認められる。
少しでも軽量にして消費エネルギー量を少なくしたい乗り物にスプリンクラーを設置するはずはないし、屋根が茶色くなっているのは、焦げではなく元からついていた汚れである。
専門的な知識を有している者だからこそ報道内容に対する誤りを見つけられるのであるから、ましてや専門外の報道内容には、見つけにくい誤りや隠された真実が山のようにあるということに気づけるはずだ
いまだメディアリテラシーが育たない日本人である。得意分野でこれだけしっかりと情報を分析し批判できるのであれば、もう少し一般の報道情報に対してももう少し批判的に捉える心構えを持つことが必要である。

今回の火災事故では、韓国大邱で発生した地下鉄火災事故を取り上げ、日韓関係、嫌韓思想と絡めて日本の安全優位性を述べるものもあった。しかし当の韓国の地下鉄も事故以来火災対策は当然のことながら強化されている。しかし、嫌韓感情をもって物事を伝える日本人は、当然それを隠す。メディアとはそういうものである。



(追伸)

とりあえずとある企業より内定をひとついただきました。
職探しはもうしばらく続ける予定です。


プロフィール

てつた

Author:てつた
KR鉄道館

元駅員さん。
社会人1年目の、法学部卒
へっぽこ新米プログラマー。
たまには旅に出たい。

カレンダー
06 | 2015/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。