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鉄道の第三者行為災害と安全について

周知のとおり、昨日6月30日午前11時40分ごろ、東海道新幹線新横浜~小田原間を走行中の下り「のぞみ225号」(乗客約1,000名)の1号車博多方デッキで、男性が油をかぶって火をつけ死亡した。また、この火災で煙を吸った女性1名も一酸化炭素中毒で死亡、また20名以上が重軽傷を負うという大惨事が起きた。
この影響で東海道新幹線は2時間余りにわたって運転を見合わせ、その後も運行ダイヤが大幅に乱れた。

この事件を受け様々な意見が飛び交っているが、状況を冷静に分析し、鉄道における第三者行為災害と安全の関係について少し述べたい。


1. 「安全神話」について

「新幹線の安全神話が崩れた」と報道していることを取り上げ、第三者行為災害と鉄道従事者の責めによる災害はまったくの別物であると主張する意見があるが、利用者にとってみれば、誰の責めであろうと列車乗車中に危害を被りたくはないわけで、その次元で議論をすることは本質を突いていない。

新幹線における死傷事故が発生する度、「『安全神話』が崩れる」という趣旨の議論がなされる。
乗り物は動き出した瞬間から事故のリスクを背負うことになるから(もちろん動いていなくても発生する事故もあるが)、そもそも私は「安全神話」という概念そのものに疑念を抱いているが、そもそもこの「安全神話」は何から生まれたのか。

1964年の開業当時、当時の技術の粋を結集し、高速運転の環境においても列車同士の衝突を発生させないために築いたのが、車内信号閉塞式とATCによる速度制御である。また、新幹線特例法が軌道内への人の立ち入りを普通鉄道以上に厳しく制限するという国が敷いた制度的バックアップも、新幹線の安全運行に寄与するところが大きい。
時刻に正確に運行し、輸送障害時も含めた平均遅延時分が1分を切ることも、安全で安定した輸送を行っている証としてしばしば取り上げられる。

しかし、新幹線の運転中に人が死亡する事故はすでに発生している。
1964年2月26日の東海道新幹線開業前に、試験列車に人が飛び込み死亡する事故が起きている。
交通事業者の責めによる事故としては、1995年12月27日、東海道新幹線三島駅で、男子高校生が閉まった客用扉に指を挟まれ、そのまま列車が起動して伴走、ホームから転落して死亡したという事故があるから、新幹線開業以来の鉄道従事者有責による旅客死亡事故ゼロというのは間違いである。
また、新幹線車内で発生した殺人事件としては、1998年9月5日、こだま485号で発生した刺殺事件、1993年8月23日、のぞみ24号グリーン車で発生した刺殺事件がある。

乗客にとってみれば、航空機搭乗中に墜落して死亡することのように、乗車中の事故で命を落とすことはあってほしくはないわけで、その意味で新幹線の安全輸送に対し絶対の信頼を寄せていることは言うまでもない。
「安全神話」とは、新幹線の安全に対する国民の期待を反映したスローガンである。鉄道従事者の責めによって旅客が死傷する事故が極めて少ないことを指し「安全神話」という定義をすることももちろん間違ってはいない。しかし、そうした新幹線に対する安心・安全の信頼を揺るがすような旅客死傷の事態に対し、「それが崩れた」と表現することも必ずしも間違っているとは言えない。

もっとも、鉄道車両の耐火性の点では、かつて幾度も発生してきた列車火災事故の教訓を受けて、車両部材に難燃性素材を用いるという改善はなされている。この教訓に則って鉄道車両を造ってきたことで、今回の火災事案でも延焼範囲が最小限に留められたことは、十分評価に値する。
誰の責めであろうと、列車に乗っていて死にたいと思う人は(自殺を図るべく今回のように乗車した人を除けば)まず存在しないわけで、旅客を集約して輸送する交通事業者は、その期待に応えられるようにしなければならないことは言うまでもない。


2. 鉄道の保安について

2001年の米国同時多発テロを背景に、国内航空も保安検査の強化に追われた。
X線や金属探知機による手荷物検査を強化したり、液体物の機内持ち込みに対する制限を強化したり、念には念を入れた保安体制が敷かれた。

一方、新幹線含め日本の鉄道では、乗車前に航空機のように旅客の手荷物を検査することはない。
国際的なテロ活動の高まりを受けて、鉄道でも警戒警備を強化していることをしきりに強調しているが、実際に警備が具体的に強化されているかといえば、そうとも言い難いのが現実である。

結局、日本はここまで築いてきた治安の良さに甘えているところが少なくない。
それゆえ、時々発生する日本の治安に対する挑戦(たとえば、地下鉄サリン事件など)が起きると、その時に限っては保安体制の欠陥について話題にされるが、治安の良さは、すぐにそれをかき消してしまう。
1本の列車に1,500名を超える旅客が乗車し、しかもそれが3分間隔で発着するという、航空機の何倍もの旅客を輸送する交通機関にあって、旅客一名ごとに手荷物検査を実施することが非現実的であるという意見も理にはかなう。
しかし、来年開催されることが決まった伊勢志摩サミット、また2020年に開催される東京五輪に向けて、テロ等への脅威は明らかに高まっているのであり、敷けるべき保安体制を敷くことが求められるのは言うまでもない。
また新幹線は、たとえば新横浜~名古屋間の「のぞみ」など、一度閉扉すると1時間以上密閉された空間となってしまうから、国際テロの趨勢にあっては、航空機に比べて簡単に停止し開扉することが可能であるとはいえ、それに準ずる保安体制を取らなくてはならなくなることもまた必然であるといえよう。

一般旅客にとり、鉄道施設への入口は改札である。ここに監視の目を敷くことで、危険はある程度軽減させることが可能である。
ところが、人件費削減と運賃料金の適正収受を目的に導入した自動改札機は、旅客が必ず通る通路から係員を排除した。
新幹線は長らく全駅有人改札だったものの、1990年代後半から自動改札機が導入されはじめ、それによって「人の目」が希薄になったことは否定できない。
飛行場のような厳格な保安検査をすることは不可能でも、野球場や展望台といった閉鎖密集的環境でしばしば実施される手荷物検査のように、せめてサミットや五輪といったイベント開催前後だけでも簡易的な検査を実施するようにすれば、それを「実施していること」自体が抑止効果となって表れるだろう

忘れてはならないのは、公共交通機関の安全は交通事業者の努力だけではなしえないということである。
例えば朝ラッシュの安全安定輸送は、旅客がスムーズに列車に乗車し、なるべく乗降口付近に固まることなく奥まで詰め、そして戸挟みしたまま列車が起動して危険を被ることのないようドアから身体や手荷物を離して閉扉を待つ、という一連のプロセスによって助けられているところが大きいといえる。
民鉄協会が鉄道の安定輸送についての旅客の協力に感謝する内容のポスターを作成したが、これは非常に的確な広告であったと思っている。


3. 報道・情報に対する批判的素養を身につけよう

鉄道ファンは、持っている知識と報道内容とを照らし合わせて、適切にその内容を批判する能力があることは十分認められる。
少しでも軽量にして消費エネルギー量を少なくしたい乗り物にスプリンクラーを設置するはずはないし、屋根が茶色くなっているのは、焦げではなく元からついていた汚れである。
専門的な知識を有している者だからこそ報道内容に対する誤りを見つけられるのであるから、ましてや専門外の報道内容には、見つけにくい誤りや隠された真実が山のようにあるということに気づけるはずだ
いまだメディアリテラシーが育たない日本人である。得意分野でこれだけしっかりと情報を分析し批判できるのであれば、もう少し一般の報道情報に対してももう少し批判的に捉える心構えを持つことが必要である。

今回の火災事故では、韓国大邱で発生した地下鉄火災事故を取り上げ、日韓関係、嫌韓思想と絡めて日本の安全優位性を述べるものもあった。しかし当の韓国の地下鉄も事故以来火災対策は当然のことながら強化されている。しかし、嫌韓感情をもって物事を伝える日本人は、当然それを隠す。メディアとはそういうものである。



(追伸)

とりあえずとある企業より内定をひとついただきました。
職探しはもうしばらく続ける予定です。


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杉並区の自転車対策に喝!!!

大学に出す卒業証明書を受け取りに、杉並区内某所にある、高校の最寄り駅を降りた私。
駅前にいたのは、放置自転車撤去の青いトラック。
撤去業務は民間の運送会社に委託してるのよね。
まあ、普段からよく見るトラックなのだが。

そのトラック、何故か派手にBGMを流し、時々女性の声でこんなアナウンスが入る。

「駅をご利用の皆さん、駅前に、自転車を放置しないでください!
  放置された自転車は、随時撤去します」


「放置しないでください!」と、わざと感嘆符をつけて言ったのは、
そこの部分のアナウンスが、ほとんど命令口調的な感じにさえ聞こえる。
いつからそんな上から目線になったんだよ役所は!黙ってろよ!…

…そんなことはどうでもいいw


確かに、駅前の放置自転車は駅を利用する人々の交通の妨げになる。
特にその高校の最寄り駅などは、都立盲学校の最寄り駅でもあることから、駅から盲学校まで道に点字ブロックが並べられており、その上に自転車が置かれるなどと言うことはもってのほか、それこそ大事故につながりかねない。

しかし、私の住む杉並区の自転車対策は、「放置自転車対策」と銘打っておきながら、どう考えても自転車利用者から金を巻き上げるような仕組みにしかなっていないのである。
他の自治体がどうなってるかまで調べる暇はないので、今回は身近な例だけを挙げて述べたい。



まず、駅前に放置され、先だってのトラックに乗せられて集積場へ運ばれた自転車を返してもらうためには、数千円の「撤去・保管費用」という名目の金がかかる。
近所にその放置自転車の集積場があるが、区民からそれで大量に巻き上げた金で潤っているのか、頑丈なフェンス、管理人配備、そして警報装置作動中という厳重警備になっている。それを見ると、放置自転車対策を本当にしたいのか、自転車を置いただけでその人を犯罪者扱いしたいのかもわからなくなってくる。



…では、撤去されたくない。
そういう、家から駅までが遠い自転車ユーザーのために、駅前に区立駐輪場は、確かにあるにはある。
ところが、どの駐輪場に止めても、駐輪料金として100円/日を取ってくる
区立駐輪場には深夜を除き管理人が常駐しており、深夜は施錠されるというから、その管理費ということでその駐輪費用を正当化するつもりなのか。

さらに。
自宅の最寄り駅の駐輪場には、定期利用エリア(4,000円/年)と一時利用エリアがあるが、
その一時利用エリア、駐輪料金は取らない代わりに、なんと3時間までしか止めさせないのである。
それより長い時間止める人は、他の駅の有料一時自転車置き場を使いなさい、だって。
おかげさまで、電車に乗るために最寄り駅の駐輪場が利用できず、わざわざ隣の駅まで毎回自転車を走らせることを強いられている。

最寄の駅の自転車置き場を使わせてくれない。
いじめかよ!!!!!

放置自転車が、他の交通の妨げになっている、だから対策をするんだ、というところまでは納得がいく。
しかし、真剣に放置自転車対策をするのであれば、きちんとした代替の自転車置場を、駅を利用する自転車ユーザー全てが使えるように確保するのが、条例を定める役所の義務ではなかろうか。

そのためにだ。

一時利用の自転車置場に管理人など要らない。管理人など置かなくていいから、駅前駐輪場を無料にすべきだ。
鍵まで掛けて置いた自転車が盗難に遭う確率なんてそうそう高くない。
治安が悪いなんて言ったって他国に比べれば格段にいいわけだし、むしろマスコミが不必要に不安を煽っている一面もある。
そんな小さなリスクのために、毎回毎回100円の出費を強いられるとか、正直馬鹿らしい。

どうしても盗難が怖いのであれば、管理付有料駐輪場を別に作って、そこに止めさせればいい。
これは民間サイドでもできることだ。
現にリパークなどが個別ロック式の有料駐輪場を繁華街近くの駅などで運営している。
金を取ってまでして管理付有料駐輪場を区が運営する必要など、どこにもない。

そこで、地代だの税金だのうんたらと言うのであれば、国が動けばいい。
国も国で、自転車に対しては、道路交通法も含めて今までまともな施策をとってこなかったのだから、震災を受けた今こそ国を挙げて見直すときではなかろうか。

都市部の渋滞や大気汚染を防止するためにパークアンドライドを推進してるドイツでは、郊外の「車⇔電車」の乗換駅にある駐車場は基本的に無料なはずである。
抜本的な交通対策をするのに、今の役所のやっていることは中途半端以外の何物でもない。

とにかく、駅からやや遠い都市生活者がこれ以上不便と不必要な負担を蒙ることのないように、
現行の放置自転車対策は何としても改めていただきたい。
プロフィール

てつた

Author:てつた
KR鉄道館

元駅員さん。
社会人1年目の、法学部卒
へっぽこ新米プログラマー。
たまには旅に出たい。

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