さて

27時間に及んだ久留里線から離脱。
多分もう久留里の旧キハには会わないでしょう。

このあとの夜行バスで倉敷向かいます。
定刻で着けば明日も国鉄色撮ってるかもです←

こいつウィルコムなんですけどね…

モブログで書けること忘れてましたね。


全くもって放置プレーのブログ…
だって存在価値あんまないし。



…練習いてくるノシ

三鉄にのって

おはようございます。
ブログを夜のうちに書こうとしても寝落ちしちゃうのね私w
 
…というわけで、三陸鉄道に乗ってきました。
 
@宮古駅
 
西武鉄道から贈られた、沿線民の書いたメッセージカード。
スマイルトレインは、笑顔を三鉄へ運ぶ。
 
 
今日のダイヤ改正で増発が行われるのを前に、昨日の始発から宮古~小本間が手旗信号から信号機を使う方式に戻りました。
そのため昨日は、システムのチェックと乗務員の習熟のための試運転列車が多数設定されました。
 
久々に信号機を使用するので、トラブルが続出。
私が乗った列車は宮古場内の誘導信号機が点灯せず、手旗を使って停車させることになりました。
一方小本でもトラブルが起きたそうで抑止がかかったりもしました。
全力で復旧に取り組むなかでのトラブルですから、許せるわなw
 
 
 
…こう、鉄道は復活に向けて取り組みがすすむ一方で、まだまだ復興の道筋すら立ちそうにない地域が。
 
宮古市田老地区。
 
市内でも特に津波被害の大きかった場所で、沿岸の住宅がほとんど流され、まっ更な状態のまま。
 
田老駅前。
家は基礎だけ残り、観光センターと思われる建物もめちゃめちゃに壊れたまま。
小本から宮古までの車窓の中で、この周辺は特に凄惨を極めるところで、ツアー客が見つめる視線が辛かった。
 
瓦礫処理場。
 
全国でその受け入れの是非が放射能でどうのこうのと揉めている間に、瓦礫は積もっていく一方。
これが処分されない限り、この地の本格的な復興はないように思う。
別に警戒区域でも何でもない、普通に人が住めるエリアなのに、ちょっとの被ばくがなんだっての。自然放射線だってあるのに。
理不尽なことを言って政府や自治体を困らせる奴は、いつ元の生活に戻れるとも知らぬこの現実を見てほしい。
「震災の苦しみを国民皆で分かち合おう」とか言いながら、「瓦礫は来るな!」とはいくらなんでも都合が良すぎる。
 
 
海岸近くにあった観光ホテル。
1階部分には、ドアがぐにゃりと曲がったままのエレベーターのかごが。
 
 
仮設店舗で営業するローソン。
けいおんグッズも置いてあって、唯かわいいなぁと…は、素直に思えなかった。
 
 
田老のプレハブ仮設店舗で物産館を営む方からお話をうかがうことができた。
 
・同じ津波を被ったのに、仮設住宅に住んでいるか、またその規模で、また仮設に入らず親戚宅などに仮住まいをしているかで、様々な待遇が差別されている。
 
・企業に対する県の支援もハードルが高く、当初は数千社の応募に対し3社しか合格しなかったこともあった。
 
・店の営業再開も簡単にはできず、具体的な復興計画も立たないため、いつでも立ち退きに応じられるようプレハブ店舗での営業を強いられている。
 
・住宅の高台移転は確かに望ましいが、そのための十分な場所がない。
 
 
…など。
 
どうして役所は、地元民の視線に立てないんだろう。自分たちは今まで通りの生活を送って、被災地の現実に直に目を向けているとはとても思えない。
 
第一、「1000年に一度の大震災」という表現自体が甘えだ。
マグニチュードを正確に算出するようになってからの数十年は、悠久な地球史や人間史に比べれば本当に微々たるスパン。
もしかしたら、今回と同じ、あるいはそれをも超えるような地震が明日にでも起こるかも知れない。
そういう風に物事を考えていかないと、また大津波が襲って悲惨な歴史を繰り返す。
いい加減、そういうことに気付いた行動をとっていけないものかと切に思う。
 
 
 
三陸鉄道。
運転士さんも駅員さんも、本当に気さくに、笑顔で話をしてくださった。
三鉄を愛する心や、全線復旧に向けた強い意志が、その言葉一つ一つから伝わってくるようだった。
 
 
 
もうすぐホテルを出て、この宮古の地を離れます。
いつか三陸が希望に満ちた明るい街に戻ることを願って。
またいつか訪ねたい。

宮古へ移動

おはようございます。
気仙沼から宮古にやってきました。

2年前に東北を旅行したときには、三陸海岸沿いにまっすぐ宮古~気仙沼を移動することができましたが、今は山田線や三陸鉄道などが不通のままなため、一度東北本線まで戻って向かうことになりました。




また津波にやられるなら、路線を内陸に移設したほうがいい…今の築堤はBRT用にするんだ…などと言って、「東は鉄道を潰す気なんだなあ…三鉄はがんばってるのに…」って話も聞くけれど…


ほんとに、交通弱者を守るための公共サービスとして全国で鉄道を維持したかったのなら国鉄のほうがよかったわけだし、環境優位性を売りにするなら税金をかけるなりして自家用車の利用を押さえるってのも一つの方法。
単なる私企業なら不採算路線を潰すのは自然の摂理ですし、私営鉄道が全国に路線網を張って儲かるならとっくにやってるはず。

とかく永田町にいる議員は、地方出身でももう考えが東京中心になってる感が否めない。
国会中継見てると、「私の地元○○は~」って用語が何度出てくるか。

外国から見れば、東京も東北も同じなのよね。こんなに他人事として扱うのが信じられない。



…今日は三陸鉄道に乗ってきます。
甚大な被害を受けながら、全線運転再開に向けて踏ん張る三鉄の“今”を、目に焼き付けてこようと思っています。

気仙沼にて

おはようございます。
いま、気仙沼大島(気仙沼港から船で25分ほどのところにある島)にある宿の部屋です。
 
受験が終わってから、ああしようどうしようとバタバタしてしまい、昨日、ようやく気仙沼でボランティア活動をすることができました。
 
夜行高速バスで昨日朝気仙沼駅に到着。2年ちょっとぶりの訪問でした。
ここでは津波の跡を感じることはできませんでしたが…
 
 
徒歩で20分ほどのところにあるボランティアセンターで手続きをしたあと、気仙沼市北部にある「旧月立(つきだて)中学校」へ。
映画やアニメにでてきそうな2階建て木造校舎で、ほんの十数年前まで授業が行われていたそうです。
 
ここでの私たちの仕事は、「写真の清掃」
津波に流されたり、瓦礫の中に埋もれたりしたアルバムを回収、一枚ずつ丁寧に剥がして汚れを洗い、乾燥させます。
 
東京にいるとまるで済んだ話に聞こえる震災。
中学校には、瓦礫の中から見つかりまだ持ち主が現れていない、写真や芸術品、トロフィーから位牌まで、様々なものが“展示”されていました。
作業している間にも大勢の方々が出入りし、家族や親戚、知人の持ち物がないか探していらっしゃいました。
 
写真清掃を行っているこの場所、私たちは手伝いとして参加しているのですが、ここで仕事の説明をしてくださる方々は、津波で仕事を失い、復興協会に雇用されている方々で、被災地の現状を色々と話してくださいました。
 
働いている方々の中には、仮設住宅の窮屈な部屋での暮らしを強いられている方や、
家は助かったものの仕事がなくなって先が見えないという方など、
まだまだ将来を見据えるのに不安を多く抱えていることを強く実感しました。
 
仮設住宅の入居期限は2年ということで、退去時期も刻一刻と近づいているのに、未だに沿岸地域の再生計画が立たず、それが復興の遅れと将来に対する不安につながっているとも伺いました。
当の中学校の校庭だったと思われる場所にも、仮設住宅が建ち並んでいました。
 
復興協会のオレンジ色のユニフォーム、これを着て街は歩けないそう。
…被災地の現実を目の当たりにして、まだ震災は終わった話じゃない、むしろろくにまとも復興が進んでいないことを思い知らされました。
 
 
 
正直最初は、たった半日だけボランティアに参加して、被災者の方々に申し訳ないという気持ちでしたが、その半日で、今までのいい加減な報道でしか知り得なかった被災地の今を、はっきり目と耳に焼き付けることになりました。
 
 
ボランティア活動を終え、大島へ向かうため港へ。
壊れたままの外壁、内陸側になぎ倒されたままのゲート…津波の傷痕がそのままの市営駐車場がありました。
 
カモメに追いかけられながら、津波の痕の生々しい光景を横目に一路大島へ。
 
宿には、全国の高校生からの寄せ書きが多数掲示されていました。
 
「書くだけ書いて何になる!」と批判する人もいますが、「もう東京では忘れ去られてる気がする。まだ被災地の現実があるのを忘れないでいてくれるだけで嬉しい」という協会の方の言葉が頭に浮かびました。
 
 
今朝。朝日を眺めるべく外へ出てみると…
 
綺麗な砂浜に集められ積み上げられた車や瓦礫。
放射線がどうだって日本列島は大揉めしていますが、こんな美しい景色の真ん前にこんな現実があるんだということを、そんな人たちはまず知ってほしい。
 
こんな小さな島国で、被災してない我々も苦しみを分かち合おうとか…もはやそんなことを気楽に言っていられるレベルじゃない、地震から1年過ぎてもまだこれなの。
もっと復興を加速させていかなきゃいけないのに、低次元な争いのせいでそれにブレーキがかかってる。
 
もう、日本人みんなで乗り越えていくしかないのよ。
 
 
このあと大島を離れ、東北線経由で宮古に向かいます。
プロフィール

てつた

Author:てつた
KR鉄道館

元駅員さん。
社会人2年目の、法学部卒
へっぽこ新米プログラマー。
たまには旅に出たい。

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